「人生は、いつからでも磨き直せる。」
今でこそIT企業の部長として組織を率いる立場にいますが、私のスタート地点は、決して人に見せられるようなものではありませんでした。私が20代から現在に至るまで、何を考え、どう自分と環境を「最適化」してきたのか。
恥部も含めた私の全工程を、ここに記します。
「逃げ場のない檻」だった10代の記憶と、隠し続けた実家
「ごめん、今日は家には呼べないんだ」
この言葉は、私の20代までの人生を縛り付けた、呪文のようなものでした。
私の原点は、床が見えないほどモノが溢れた「汚れた実家」にあります。借金により両親の仲は冷え切り、母は精神を病み、真っ暗な部屋で鏡を見ながら自分の似顔絵を描き続けるような極限状態。ゴミと汚れにまみれたその空間は、幼い私にとって安らげる場所ではなく、自分の力ではどうにもできない「逃げ場のない檻」でした。
■孤独と「仮面」の学生時代
中学・高校へと進むにつれ、その環境は私の心に深い影を落とします。友達が家族や自宅の話をするたびに、私は会話の輪からフェードアウトし、遊びに来たいと言われれば必死に嘘をついて断る日々。「この惨状を知られたら、自分の居場所がなくなる」という恐怖が、私に「自分を隠して生きる」という処世術を植え付けました。
■彷徨った「居場所」と、人生のバグ
アルバイトにのめり込みすぎた代償として、学業は崩壊。単位制高校への転入を機に、私は「不良少年」のコミュニティに足を踏み入れます。稼いだ金はすべて、その「偽りの居場所」を維持するために消えていきました。けれど、身の危険を感じるほどのトラブルに直面した時、ふと冷酷な現実が顔を出しました。
「この場所もまた、自分の本当の居場所ではない。このままでは、私は終わる」
環境をリセットし、未知のIT業界へ
卒業後、就職もできず実家で寝るだけの生活。私は唯一の対抗手段だった「働くこと」に全てを賭けました。
パチンコ屋で朝から晩まで働き詰め、2年で貯めた100万円。これが、私の人生を「システムリセット」するための原資となりました。実家を出て、狭いアパートに家具を揃えた時、初めて「自分の城」ができた喜びを噛み締めました。
■「契約さん」と呼ばれた屈辱、そして掴んだチャンス
奇跡的に契約社員として拾われたIT企業。しかし、待っていたのは「何者でもない自分」への焦燥感でした。
「自分はIT部長を目指すどころか、パソコンすらまともに打てないのか……」
周囲からは「契約さん」と呼ばれ、雑用を振られる日々。そんな中で巡ってきたのが、誰もが嫌がる「放置された100社の地方顧客リスト」でした。私はそれを「自分次第で結果が変わる宝の山」だと確信し、往復3時間をかけて毎日通い詰めました。
不器用なWordの資料を手に、一件ずつ信頼を繋ぎ直した結果、2年後。私はリストの4割を掘り起こし、ついに正社員への切符を勝ち取ったのです。
プライドを捨て、優れた人の「OS」をインストールする
正社員になっても鎧が脱げず、傲慢さが招いた致命的なトラブル。窮地を救ってくれたのは、毛嫌いしていた先輩でした。
「お前、一人で抱えるな。周囲に相談して、仕事のカードを増やせ」
その言葉を機に、私はプライドを捨て、徹底的に「真似」をすることに決めました。優れた人たちの「OS(思考体系)」をまるごと自分にインストールする。このアップデートによって、私の視界は一気に開け、大きな成果を出せるようになっていきました。
一匹狼を卒業し、「味方を作る」戦略へ
転職を機に、私はスタンスをさらに洗練させました。これまでの「一匹狼」を捨て、「周囲との人間関係の構築」を最優先事項に置いたのです。
- 関係者が「気持ちよく動ける環境」を作ること自体が高度なスキルである
- 周囲を巻き込むことで、個人の能力以上の成果を生み出せる
- 自分の営業力は、周囲の信頼(評判)によって最大化される
入社2年目での課長就任。チームメンバーの成長を自分のことのように喜べるようになったとき、私の「人生の磨き上げ」は、個人のスキルから「組織の力」へと次元が変わりました。
人生の軌道修正は、いつからでも、どこからでもできる
かつて、自分の居場所すらコントロールできずに絶望していた少年は、今、IT企業の部長として組織をデザインしています。
10年以上かけて人生を磨き続けてきた結果、ようやく「自分の腕」で未来を切り拓いているという確信を持てました。
過去の環境は選べない。しかし、これからの環境は、あなた自身の意思でいつからでも磨き上げることができる。
この記事が、かつての私と同じように暗闇の中にいる誰かの、小さな光になれば幸いです。
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